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私の友人にある男がいてね。
普段から社交的で顔も広い男なんだが・・・ある時まるで人が変わったように塞ぎこんだ時期があったんだ。
その時、私も友人として何とか力になりたくて理由を聞いたんだ。
その男から聞いた話はこうだったよ。
彼が一人で街を歩いていた時の事だ。頭上からなにやら風を切るような音が聞こえたらしい。彼がそれに気付いて上を見上げた瞬間だ。彼のほんの数メートル目前に派手な音を立てて何かが叩きつけられた。
それは人間だった。女だ。
そう、彼は飛び降り自殺の現場に直面してしまったんだ。
それは酷い有様だったらしいよ、頭から落ちたみたいでね。想像して気持ちのいいもんじゃないから詳しく言うのはよすが。
目の前の凄惨な光景に彼は叫ぶことも出来なかったそうだ。ただ呆然と立ち尽くすことしか彼には出来なかった。そんな場面に出くわしたら或いは誰でもそうなるのかもしれないね。
私は気の毒に思ったよ。ほら、よく聞くPTSDってやつかと思った。知らないかい?心的外傷後ストレス症候群って言ってね、所謂トラウマさ。心の傷。心に傷も付くだろう、そんな目に合ったら。
ところが彼の話はそれだけじゃ無かった。
その自殺した女が、毎晩彼の前に現れるようになったって言うんだ。彼が寝ようとすると決まって現れたらしい。首がへし折れたおぞましい姿でね、恨めしそうに彼を睨み付けるんだそうだ。
話しながら彼は震えていたよ。心底怯えているふうだった。話から察するに彼はろくに寝ることも出来てないだろうと思ってね、どうしても放って置けなかった私は一つ提案をしたんだ。これから暫くの間君の所に泊まりに行くよってね。彼はほっとしたように笑ってくれた。
私だって幽霊なんか見たくないよ。でもどうしても彼の力に成りたかった。
しかしそれは杞憂だったんだけどね。
彼の家でのことだよ。
暫く一杯やりながら他愛無い話をして、いざ寝ようとした段だ。
彼が突然震えだしてね、来た、来た、って言うんだよ。とても演技をしているようには見えない怯え方だった。でも私にはね、見えなかったよそんなもの。いくら目を凝らしても彼が女が居るという場所には何も無い。
怯え続ける彼を見て私はいよいよ危ないと思ったよ。彼はこのままおかしくなってしまうんじゃないかってね。でも私の手には負えそうもない、専門家の助けを借りようと思い立ったんだ。
次の日、私はツテを辿ってカウンセラーを紹介して貰ったんだ。彼のことを話すと先生は快く了解して、彼を連れて来るように言ってくれたよ。ところが、だ。
彼の方も耐えかねて専門家に依頼していたんだ。いや、カウンセラーとはまた別物だよ。彼は高名な霊能者だと言っていた。
私は彼が騙されやしないかと心配になってね。カウンセラーとの約束した期日まで日があったものだから、その霊能者の所へ私も同行することにしたんだ。
実際会ってみた霊能者は私からみたら不思議な格好をしたおばさんにしか見えなかったんだが、これがなかなか出来た人だったらしい。
霊能者が言うには、これは自分で何とかできるものだから自分でやりなさいって言うんだ。やり方は教える、勿論料金はいらないってね。やり方を記入したメモを渡してくれて、それで終わりだったよ。その後もなにか請求されたとか言う話は聞かないな。世の中にはこんな人もいるんだね。
その霊能者がくれたメモの内容は簡単なものだった。
・一度沸騰させた水を冷蔵庫で冷やしておきなさい。
・霊が現れたらその水を飲みなさい。
・霊に対して自分はあなたに関わる気がないこと、出て行ってもらい二度と現れて欲しくないことを強く伝えなさい。
それだけだ。いくら親切な霊能者だといっても、そんなことで解決できるわけが無いと思ってね。私は彼にカウンセラーに会う事を強く勧めたよ。始め渋っていた彼も私があまりにしつこいから折れてくれたんだろう。了承してくれてね。やはり二人でカウンセラーに会いに行くことになったんだ。
カウンセラーは黙って彼の話を聞いていた。彼が話し終えるとカウンセラーは暫く考え込んでね、それならば試して欲しいことがある、と言うんだ。
その内容は・・・驚いたよ。
カウンセラーはこう言ったんだ。
・冷たい水を用意して女が現れたらその水を飲みなさい。
・その女に対して自分が迷惑している事、二度と出てきて欲しくない事を少々言葉が汚くても構わないから伝えなさい。
ほとんど同じだったんだ。霊能者の言っている事と。
私は呆気にとられてしまってね。訳が分からないままカウンセラーに別れを告げてその場を後にしたよ。何も言えなかった。
とにかく両方とも同じ事を言っているんだから仕方が無い。彼が乗り気なこともあってその方法を試してみることにしたんだ。私はどうしても事の顛末が気になってね、決行の日にはその場に居させてくれと彼に頼んだ。彼は快く了解してくれたよ。
いよいよその晩だ。霊をおびき寄せるため、と言ったら変だが私たちは少し早めに床についた。
暫くは静かなもんだったんだが、突然彼がひゃっ、と悲鳴をあげたんだ。勿論私には何も見えなかったが、彼の様子を見れば一目瞭然だった。来ているらしい。
当初の打ち合わせ通り私は枕元に置いてあった魔法瓶から冷たい水を注ぎ、彼に手渡した。
薄闇の中彼の表情はよく見えなかったが、彼は一つ大きく頷くと水を受け取り、一気に飲み干した。
其処からの彼は凄い迫力だったよ。
憤然と立ち上がり中空を指して怒鳴ったんだ。
いいかげんにしろ!俺はお前に用は無い!二度と出て来るんじゃねえっ!
えらい剣幕だったよ。私のほうが怯えたくらいだ。
一通りまくし立てた後彼は、消えた、と一言呟くとその場に倒れこんでそのまま寝てしまった。
私はただ呆然としていたよ。
その後二度とその女は現れていないらしい。彼も元の明るい性格に戻ったよ。
ああ、良かった。良かったんだが・・・私にはどうしても腑に落ちなかったんだ。
霊能者とカウンセラーがなぜ同じ方法をアドバイスしたのか、気になって仕方なかった。
まさかカウンセラーにも霊能力みたいなものがあったのか。
理解に苦しんだ私は今度は一人で聞きに行ったんだ。何故あんな事をさせたのか。
まず霊能者の所へ行った。彼女が説明してくれたのはこういう事だった。
綺麗な水を飲んで体内を浄化し、生命エネルギーを高める。霊というものは弱い心につけこんでくるが、所詮は死人。生命力に満ち溢れた人間には何も出来ない。エネルギーの充満した姿を見せ付けてやれば何も出来ないと悟って退散するしかない。
彼からはそれほど大きな悪い気を感じることが無かったからそれで充分だった。
そういうものかと思ったよ。まあ、私にはそれほど縁の無い世界の話だ。そういう事もあるもんかと一応納得できた。
しかし、カウンセラーはどうだ。同じ話をするのだろうか。
私はすぐさまカウンセラーの元へ向かったんだ。
カウンセラーも快く質問に応じてくれたよ。で、肝心の内容はこんな事だった。
女の妄想に悩まされている間は彼の思考は原始的な恐怖に支配されています。冷たい水を飲むことで僅かでも冷静さを取り戻せば、思考の主導権を理性に取り戻すことができます。
女の妄想は彼の恐怖が作り出したものですから、その時点で彼の思考を支配することは出来ません。そこで妄想に対して自分の意思をはっきり伝えるという行為を行えば、それは恐れるに足りない、つまり抵抗できる存在であると認識できます。恐怖という感情と決別できるわけです。
私は至極納得したよ。やはりカウンセラーのアドバイスは理にかなったものだったんだ。
・・・ところで、君はどっちが本物だと思う。
霊能者の言い分か、カウンセラーの方か。
・・・私はどう思うかって?そうだな・・・どちらにせよ彼は元に戻った。私はどっちでもいいと思うよ。
ふふ、最近変なことを考えるようになってね。
解決策を導くために全く違う方向からスタートして、同じ答えを導き出す。
人間ってものすごくしたたかな生き物なんじゃないかってね。
ん・・・君もそう思うかい?
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